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壺坂寺、千手千眼観音菩薩
 
心を結ぶ小さな楽器 -はぐるま楽団-
 
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 心の眼で俳句を詠む 句集「山天(やまぞら)」
 昭和四十七年光の園開設の夏、俳句の好きな人達が集って俳句クラブが生まれました。
 手探りで俳句を作って十ヶ月程経過した翌年の五月、林不句夫先生を指導者としてお迎えすることができ、一段と俳句に力が入るようになりました。その後、林先生のご奔走により稲垣陶石先生も来園してくださるようになりました。
白い杖から伝わってくる大地の韻き、移りゆく季節の香りを全身に受け止めて、俳句に詠み、大自然に溶け込んだ心豊かな生活が生まれました。地元下條村の俳句グループの方々も、園を訪問して下さり、一緒に句会を開き交流も始まりました。
 一年間の作品をまとめて句集として残さなくてはとの思いに至り、ご指導の二人の先生のお力添えにより、準備がすすめられました。句集の題名は、稲垣先生が「山天」と命名してくださいました。この高台で園の方達が、足の先まで呼吸するとき、連峰に連なる「山天」が、いつまでも清らかに澄むようにと・・・。そして昭和四十八年九月十五日、ついに創刊号を発行することができました。それから、光の園のお年寄りの尊い詩がぎっしり詰まっている句集「山天」は多くの人の支えのお陰で、現在、二十九号まで発行することができました。

 句集「杖」 米寿を記念して句集出版

   まあまあの米寿のあした初茜

 穏やかな表情で米寿の春を迎えた時この句が生まれた。この頃、入所後の作品を句集としてまとめたいという希望があった。
 夫や長男に先立たれ、自らはベーチェット氏病という難病により失明、生きる希望さえ失いかけていた時に、自らの選択で光の園に入所した。すぐ施設の俳句クラブを紹介し、同じ障害をもったメンバーとの交流の中でだんだん元気を取りもどされ、師範学校卆という高い教養に裏打ちされ、視覚以外の全ての感覚は瑞々しく、その作品は、県視覚障害者俳句大会でも数々の賞を受けた。
施設生活十八年間の作品は千句以上となり、その中から六百句を選び句集「杖」としてまとまった。杖を頼りの生活だから「杖」とご本人が命名し、表紙の題字は萱垣理事長が筆を執った。

 自分史作り、施設が支えた五年間「七転び八起きの人生」自費出版

  墨字版・点字版・テープ版の自費出版成る。 
 視覚障害を持ちながら、妻カヲルさんを右腕として事業経営をしていた池上さん。妻が病弱となった為事業経営を断念して妻と共に光の園へ入所した。
 戦前、大望を抱いて渡満、大きく事業を経営し順風満帆の生活を送っていたが敗戦で灰と化した。
 帰国後、失敗や挫折を繰り返しながらも晩年には大成功を収めた。七転び八起きの人生を自分史として何とか書き残したいとの密かな決意を持っていた。
 時代背景を考えながら、来し方を口述録音することを手始めに執筆活動が始った。執筆するのに静かな一軒家がほしいとの希望があって、施設の片隅に離れを建てた。
五年の歳月を費やして完成した。
 

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